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ブログ - 月手に在り 名古屋禅道場の禅語

月手に在り 名古屋禅道場の禅語

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
nagoyazen 2019/10/5 6:06

禅語  掬水月在手 弄花香満衣

 

   掬水月在手(水を掬すれば 月手に在り)
        弄花香満衣花を弄すれば 香衣に満つ)

 

「水を掬すれば 月手に在り」「花を弄すれば 香衣に満つ」というこの句は、唐の于良史(うりょうし)という詩人の「春山夜月」と題する、     

 

春山多勝事   春山 勝事多し

 

賞翫夜忘帰   賞翫して 夜帰るを忘る

 

掬水月在手   水を掬すれば 月手に在り

 

弄花香満衣   花を弄すれば 香衣に満つ   

 

     
という詩のなかの転結の二句である。清らかで美しい句である上に、大徳寺・妙心寺派の禅の直系の祖である虚堂智愚(きどうちぐ)が、この句を禅的に解釈して提唱に使ってから禅語として愛誦され、したがって一行物としてよく揮毫されるようになった。この句の表面の意味は、私たちが日頃経験している事実そのままで、格別解釈を要しない。しかし、その裏にこめられた禅的な意味となると、人により、また時と場合とによって解釈がさまざまで、いろいろな解釈が行なわれている。

 

月手に在り 名古屋禅道場の禅語 第1回名古屋、豊橋、知多合同摂心会、於て・南知多町、大宝寺もくれん会館(禅堂での静坐)

月手に在り 名古屋禅道場の禅語

 


 
 

 

 
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