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ブログ - 世界楽土建設の大眼目、立教の主旨について⑱最終回

世界楽土建設の大眼目、立教の主旨について⑱最終回

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
nagoyazen 2019/8/8 12:21
世界楽土建設の大眼目、「立教の主旨」について⑱最終回
 
人間禅立教の主旨、第五段は「人間禅は、神秘を語らず迷信を説かず、堂々と如是法を挙揚し、合掌して人間禅を宣布する。」であるが、ここで、宣布する人間禅は、一つの宗派・教団の道を意味するものではない。
 これは、あくまでも不生不滅の如是法を挙揚し、立場・信条・利害や、国家・階級・職業の違うままのすがたで合掌しあって世界楽土の建設を正しく推進しようとするものである。
 人類が、その深い業を負いながらこの究極の眼目を達成するためには、この合掌運動以外にないであろう。
 人間禅は、従来の伝法一本の伝統をふみ越え、更に教団という枠をも越えて、このような合掌運動という新たな布教の教線を布(し)こうとするものなのである。
 以上のように「立教の主旨」において種々の内容として展開された人間禅の精神は、畢竟 一に帰するということができる。
 その一というのは、如是法そのものである。
 それは、一なる如是法が、現代という時代に即応して己を展開したすがたなのである。
 まことに人間禅の道は、従来の伝統の僧侶中心の禅門は勿論、居士禅の枠をも超えて世界史の現実に即して世界楽土建設の大眼目に向かって伝法・布教の道を拓き、祖師禅の慧命を進展せしめたものということができよう。
いまその宏大幽遠な内容をおもうとき、三十年、五十年の歴史は、その全貌を開示するにはあまりに短く、未だその端緒についたにすぎないといっても過言ではない。
 その内実をひろめ深め、それにふさわしい規模のものたらしめるためには、今後の我々の努力と、後代の児孫の力によらなければならない。
以上、人間禅「立教の主旨」について、述べてきたのでありますが、最後に人間禅「三省願文」を唱えて願心を新たにし、この立教の主旨についての一文を閉じたいとおもいます。
 
正念の工夫 断絶する莫なからんことを願う
如是の活法 軽忽(きょうこつ)する莫なからんことを願う
人間禅の使命 辜負(こふ)する莫なからんことを願う
 
(人間禅創立六十周年記念出版「人間禅の精神」創立三十周年を迎えてー人間禅の歴史的意義をおもうー総裁磨甎庵白田劫石より引用) 
 
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