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ブログ -  禅道は冊子上にあらず。

 禅道は冊子上にあらず。

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
nagoyazen 2018/9/3 10:58

⑥只管冊子上に言を念じ、禅を訪ぬること莫れ。

禅道は冊子上にあらず。

古徳許多の艱難を喫して方に此の道を得たり。

我 豈独り然らざらんや。

宜しく二祖の断臂と雲門の折脚を思うべし。

勉旃勉旃(べんせんべんせん)。
 


本を読んでも禅はわからない。

「禅道は冊子上にあらず」というわけです。

禅は知性ではなく感性ですから、相対樹から行によって絶対樹に移らなければ、人間形成の禅に入って行けない。

古人は様々な艱難を乗り越えて道を完成させて来られた。

宗活老師だって耕雲庵老師だって例外ではない。

頭燃を救うがごとき修行を継続されたからです。

古来禅家では志と精進努力の好模範として「二祖の断臂と雲門の折脚」を挙げています。

「二祖の断臂」とは二祖慧可大師が達磨大師に入門を願い出たときに臂を断ってその意志を示したということ、「雲門の折脚」とは雲門文偃大師が若いころ道を求めて何回も何回も入門をお願いしたが門内に入れてくれなかった。

あるときやっと門を開けてくれたがすぐに門扉を閉めようとしたので、咄嗟に片足を門内に入れたから大きな扉に挟まり足の骨が折れたという故事である。精進努力することを「骨を折る」というのはここから来ている。

「勉旃勉旃」努力せよ、努力せよというわけです。

頭の善し悪しでも社会的な地位でも何でもない、志を強く持ち続けて頭燃を救うがごとき努力を継続することだけが大成する必要条件であります。
 

第一回 平成2927日 東京支部摂心会 仰月庵呼龍老師提唱

第二回 平成3077日 青年部夏期摂心会 葆光庵春潭老師提唱

(H30・8月、人間禅青年部提供)


 

 
耕雲庵立田英山老師書「騎牛帰家」

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