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ブログ - ―京都歴史探訪―山科

―京都歴史探訪―山科

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
nagoyazen 2018/1/5 0:26
私の日本古代史
―京都歴史探訪―
「禅」誌編集者から各禅会に会員の投稿を促す依頼があった。偶々支部行事の報告書京都歴史探訪が手許にあったので投稿することにした。探訪は、古代史の権威、森浩一先生の「京都の歴史を足元からさぐる」を参考にしている。人間禅関西道場に泊まって、翌朝京都の歴史をたどる旅であった。探訪のつど古代史を関連させて纏めながらお話ししていたので、今回はそのあたりを重点的に紹介します。

京都歴史探訪―山科

 御陵駅下車、天智天皇陵に行く。
前日は明治天皇陵と桓武天皇陵を訪問した。
天智天皇の系統である。
現天皇家もそれを継ぐ。
陵は山科の南にあり、天智天皇を大切に思う位置にある。
 古墳は下円八角墳である。
古墳の北側には安祥寺山の裾を取り巻くように、明治文明開化の象徴である琵琶湖疏水が流れている。
山階の地名は、山から階段状に盆地が形成されていることにちなむ。
 このあたりから山科駅までの広大な敷地に中臣鎌足が創建した山階寺があった。
 藤原氏の氏寺であった。
これが興福寺となった伝承がある。(飛鳥の弘福寺が移ったとの説もある。)
 山科本願寺跡は結構広大である、今では図面で想像するほかない。
 今も北東隅の土塁跡が残る、小山であり城塞都市であったことが偲ばれる。
(「禅」誌59号「私の日本古代史」木戸開善より)


御陵野古墳(山科陵ー天智天皇陵)、滑石道より見た山科盆地、山科中央公園の山科本願寺土塁跡


 
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